ACT・5

       ACT・5 

「そうですか、和美さんがさらわれてしまいましたか・・・」
 ぽつり、と省吾はつぶやいた。

 医務室に寝かされ、治療を受けた後である。ベッドのかたわらに立つ陽平たちに事情を聞いて彼はため息をついた。
 隣のベッドには一郎が寝かされているが、省吾には見ることができない。
  彼の目はまず失明である。兵藤によって完全に貫かれたのだ。
 両目を覆う包帯が痛々しい。

 戦いの結果は、さんざんなものであった。
 戦車砲により校舎は半壊し、火が出てしばらく消火に大騒ぎであった。怪我人も多数出ており、皮肉にもその約三分の一は高野陽子の“叫び声”によるものであったという報告がなされている。
 怪我の程度の軽い者は、とりあえず体育館で手当てを受けているので、この医務室まで来ているのは相当のダメージを負った者だけだ。

「相沢の具合はどうです?」
 ふと、省吾は聞いてみた。

「ああ、命には別状ないみたいね、大丈夫よ、こいつは不死身だから」
 軽く弥生が答えた。

 省吾には一郎の様子が見えないからそう言ったのだが、実際一郎の身体はボロボロであった。
 左肩にマシンガンを受けて、その後、手榴弾の爆発をくらったのだと知ったら、省吾はどんな顔をするだろうか。

  それでも生きてる。

 これが相沢一郎だ。とはいうものの、さすがに弥生はあきれはてていた。
  こんな男がこの世にいることに、である。
 どう考えてもこのタフネスは異常だ、本当にこいつは地球人なのだろうか。

「ほんと、親の顔が見たいわね」
 思わず弥生はつぶやいていた。
「親・・・ですか、リーダーに顔向けできないな」
 省吾はまた、ため息をついた。

「省吾どの、そりゃどういう意味でござるか?」
 陽平の問いに、省吾は上半身を起こした。
「あ、無理しちゃだめよ、絶対安静なんだから」
「いえ、大丈夫。もうこうなったら話した方がいいですね、今回の事件に関する事を」
 弥生、陽平、明郎は互いに顔を見合わせて、うなずく。
  省吾は静かに語り始めた。

「まず、今回の事件に関わる勢力はふたつあります。つまり、和美さんを狙う組織FOSと、それをさせまいとする組織“黒い風”です。オレと沢村さんは“黒い風”のメンバーでして、リーダーから和美さんのボディーガードを命じられたんです。まあ結果は見ての通りですけど」
 省吾は肩をすくめた。

「ふうん、で、そのリーダーって何者なのよ?」
 弥生が聞く。
「ええ、オレたちのリーダーの名は・・・」

「省吾、そこまでだ。それ以上しゃべる必要はない」
 ふいに声をかけてくる者がいて、弥生たちはぎょっとした。
 開け放った医務室の窓の外に、見知らぬサングラスの男が立っている。

「だ、誰でござる?」
 思わず陽平は手裏剣を構えていた。
 気配には敏感なはずの彼に少しも気づかれず、いつの間にかそこへ立っていたのだ。

  ただ者じゃ、ない。

 弥生もまた、修羅王を正眼に構えていた。

「あんた、まさかFOS?」
 緊張しながら問いかける弥生を見て、男はくっくっとのどを鳴らした。
 薬で眠っているはずの一郎が目を開けたのはその時だ。

「FOSだとォ!」
 がばっと身を起こすと、途端に全身に激痛が走った。
 くう、と苦鳴をもらす一郎を見て、男はげらげら笑い出した。
 その笑い声を聞いて、省吾はその男の正体が判った。
 同時に、一郎も男の正体に気づいた。

「・・・てめえ」
 傷口を押さえつつ、一郎は男をにらめつける。
 にっと笑って、男はサングラスを外した。ジャン・ポール・ベルモントそっくりな顔のおっさんであった。それを見て、一郎の目に不思議な色が浮かんだ。

「くそ親父じゃねえかっ!」
 一郎は傷の痛みも忘れ、ベッドの上に立ち上がっていた。

  窓の外で一郎の父、相沢乱十郎は頭をぽりぽりと掻いていた。

「いいザマだなあ、一郎よ、それに省吾も」
 乱十郎は言った。

「何だぁ? てめえ省吾と知り合いか? それに、何しにここに来やがった!」
「俺が“黒い風”のリーダーなんでな、省吾と沢村のことをよく知ってるのは当たり前だろうが、そして、何でここへ顔を出したかってのはな・・・」
 ひょい、と乱十郎は下足のまま窓を乗り越えて、医務室の中へ入ってきた。すたすたと一郎に歩み寄る。

「てめえをぶん殴るためだ」
 言いざま、乱十郎の右のパンチが一郎の顔をとらえていた。

  本気の一撃だった。

 一郎の身体が大きく吹っ飛び、ベッドから転げ落ちた。

「な、何しやがる!」
 今の一撃も効いたが、それよりも一郎は親父の一言に驚いていた。

“親父が黒い風のリーダーだとお?”

「何しやがるもへったくれもあるか、あーっさりと和美を連れてかれやがって」
「何ィ、てめえ和美の事まで・・・」
 乱十郎は肩をすくめて首を振った。
「当たり前だろーが、自分の娘を忘れてたまるかよ。一郎、お前まさか自分の妹を忘れたのか?」

─────一郎の頭の中は、しばらく真っ白になった。

「・・・何だと?」
 目を点にして口をぽかんと開いた一郎、状況がいまいち理解できない。
「和美がオレの妹だあ??」

 そりゃ確かに、名字が同じなのは気にはなっていた。
 初めて会った時にも、何かを感じとったりはしていたけれども・・・・

「だってよ、和美だってオレのこと兄貴だなんて言わなかったぜ?」
 と言う一郎に、乱十郎は片手で頭を押さえた。
「かーあ、ったくお前らそろいもそろって間抜けだな。いくらむかしの記憶を封じたからっていっても、実の兄妹ぐらい区別ができねえものか?」
 言ってから乱十郎はまずい、と手で口を押さえた。
 一郎の目が細まったからだ。

「親父ィ、記憶を封じたってのはどういうこった? それに大体何でてめえが黒い風とかのリーダーなんだ? 今まで知らなかったぞ!」
 一郎は牙をむいて乱十郎につめよった。

「記憶を封じたのはお前ら二人を守るためだ。昔、どうしてもお前らを守りきれないって事件があってな、その時、お前らの母さんが提案したんだ。お前らの記憶を封じて、日本へ送ってしまおうってな。当時はアメリカにいたんだ、お前が小学校にはいる前だな。
 母さんはこうも言った。どうせなら別々になっていた方がいい。あなたが一郎を、私が和美を、それぞれが責任もって見守ることにしよう。・・・・そしてオレたちは別れて、今に至るという訳だ。しかし、結局FOSは和美に目をつけてちまったか」
 計算違いを見つけたように、乱十郎は首を傾げた。

「全然判らねェよ親父、FOSってのはいつからあったんだ? 和美をさらって何をする気なんだ!」
 一郎は乱十郎にくってかかった。

「やつらは一九四四年、第2次世界大戦中にはもう存在した・・・・あとの質問にはノーコメントだ、時間がない」
「何をあわてているんだよ」
「もちろん和美を助けに行くに決まってるだろうが、早くしなけりゃあいつ、洗脳されちまうだろうからな」
 乱十郎の言葉に一郎は唇をかみしめた。構わず、乱十郎は部屋から出ていこうとした。

「待ってくれ親父、和美はオレが助け出す。オレにやらせてくれ!」
 父の背に向かって一郎は叫んだ。

「駄目だな」
 振り向きもせず、乱十郎は言った。

「一郎、おまえはもう自分の身を守る事はできるだろう。だが、他人を守るのはそれよりずっと難しいんだ。今回の事で身にしみただろう? まあ、それはそれでいい、さらわれたって和美のことだ、そうやすやすと利用されたりはしねえさ、俺の娘だからな」
 そう言って、にやりと笑う。

「親父、オレにやらせてくれ!頼む」
 乱十郎は答えない。
「どうしても駄目だっていうなら、てめえを殴り倒してでもいくぜ」
 低くつぶやいた一郎の髪が逆立った。乱十郎は後ろを向いたまま、

「面白い、やってみろ」
 と言った。その途端、雄叫びをあげて一郎は殴りかかった。
  背を向けた乱十郎の後頭部に、パンチがめり込む。

 と思った瞬間、一郎の身体は開いた窓から放り出されていた。
 さすが乱十郎は一郎の「父」である。 強い。
 外の地面に叩きつけられた一郎に向けて、乱十郎は窓から跳んだ。寝っ転がった一郎にたたみかけるように攻撃する。

  ギリギリ一郎はよけた。

 地面を転がりつつ、一郎は舌を巻いた。兵藤なんてもんじゃない。乱十郎の強さは一郎をはるかに凌いでいる。
 どうにも反撃のしようがないのだ。悪ければ最初の一撃で失神していた。
  スピードもはるかに上である。

 乱十郎の蹴りが一郎の腹にめり込んだ。まるでサッカーのシュートを見るように一郎の身体が吹っ飛び、校舎の壁に叩きつけられる。
 ずるずると一郎は崩れ落ちた。どだい、動き回れる体調ではないのだ。
 その一郎めがけて乱十郎が走る。とどめとばかりに、飛び蹴りをくらわせた。

「くっ!」
 間一髪、一郎はその蹴りを上に流してよけた。
 壁にめり込むほどのすさまじい蹴りだったが、乱十郎の顔面にわずかなスキができたのを一郎は見逃さなかった。
 満身の力を込めたパンチを叩き込むと、乱十郎の身体が大きく宙へすっとぶ。

「やったか!」
 一郎、会心の一撃であった。
 しかし、乱十郎はきれいに宙返りをして、地面に降りた。

こきこき、と殴られたあごをマッサージしながら、その顔は満足そうに笑っていた。

「ふん、まあまあ強くなったな、一郎よ」
 一郎は仏頂面であった。ばかにされていると思ったのだ。
 ふふん、と乱十郎は片方の眉をつり上げた。

「やってみるか?」
「あぁ?」
 一郎は最初、その言葉の意味が判らなかった。

「お前の力で和美を助け出してみるか、と聞いてるんだよ」
「親父・・・それじゃ・・・」
 目を輝かせる一郎を見て、乱十郎はくっくっとのどを鳴らした。

「自分の不始末は、自分で責任とらなきゃいけねえよなあ。これが、俺の息子に対するしつけだ」
 にやり、と笑って片目をつぶる。

「ありがたい! 親父、礼を言うぜ」
 一郎の顔にもあの、ふてぶてしい笑みが戻ってきた。
  燃えるような瞳。
 知らず知らずのうちに、一郎は牙をむいていた。

 納得出来ないことは、まだまだ多すぎる。今度の事件は判らない事だらけだ。

  だが、とりあえずそれは後回しだ。くよくよ悩むのは一郎の性分じゃない。今、頭の中にあるのは巨大な敵を打ち破ることだけだ。

  和美ィ待ってろよ、オレが必ず助け出してやるからな。

 謎の組織“FOS”。

「一郎、FOSは手強いぞ、倒せるか貴様に?」
 乱十郎が聞く。
「おお、やってやる! 相手がどんなに強大でも、必ず和美を助け出す!」
 それは新しい一郎の決意であり、その言葉に込められた「力」にその場にいた者は共鳴を起こした。
 今まで黙って相沢親子のやりとりを見ていたが、金縛りが解けたように言葉が出た。

「一郎、オレたちも手を貸すぜ、親友だもんな」
 と、明郎。
「そう、大丈夫でござるよ、天下無敵の斎木学園・相沢一郎ここにあり」
 と、陽平。
「その通り、大体悩むなんて器用な真似、あんたにゃ似合わないっての」
 と、弥生。
 一郎は仲間の方へ振り返った。

 省吾、『笑い猫』と呼ばれる少年も、にっこりと微笑んでいた。

「オレも忘れちゃ困るなあ」
 一郎は一人一人の顔を見回した。

「よおっし、お前ら、オレたちは絶対に勝つぞ!」
 おおっ!と力強い掛け声があがった。

  その通り、斎木学園は二度負けない。

─────そして、相沢一郎も。








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